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China Shock 2.0とDebt-Driven Inflation Regime(DDIR) ‐ 価格が下がり、金利が上がる

GCI Memo from the Founder No.002

価格が下がり、金利が上がる
― China Shock 2.0 と DDIR ―

2026 年8 月
株式会社GCIアセット・マネジメント
山内 英貴

今年5月、私は「Debt-Driven Inflation Regime(DDIR)の下、長期投資家としての視座」と題する短いメモを書きました。

そこで考えたのは、世界的に政府債務が膨張するなかで、名目成長とインフレ、そして金利の関係が、過去40年間とは異なるものになりつつあるのではないか、ということでした。

今回は、その後に気になっているもう一つの変化について書いてみたいと思います。中国です。

本稿も予測ではありません。DDIRという、私たちが長期の市場を理解するために用いている整理フレームを手がかりに、いま世界の価格と金利に何が起きているのかを考える、観察の記録です。理論でも予想でもなく、仮説としての整理であることを、はじめにお断りしておきます。

1.二度目のChina Shock

2000 年代、中国は安価な消費財を大量に世界へ供給しました。

中国のWTO加盟後、輸出は急増しました。先進国の製造業には大きな調整をもたらしましたが、その一方で、世界の消費者は安価な財を手に入れ、財価格の上昇は長く抑えられました。いわゆる「China Shock」です。いま、二度目のChina Shock が始まっているのではないか、という議論があります。

Brad Setser の整理によれば、中国の製造業貿易黒字は世界GDPの約2%に達しています。第一次China Shock の時期に大きく拡大し、近年さらに拡大しました。1985年のプラザ合意前に日本が記録した最大値の、およそ2倍にあたる規模です。

今回の起点の一つは、2021年以降の中国不動産市場の調整です。不動産に向かっていた投資と信用の一部が、EV、電池、太陽光、半導体、機械などの製造業へ向かいました。中国の国内需要が伸び悩む一方、生産能力は拡大し、その余剰が世界市場へ向かっています。

第一次との違いは、中国が競争する場所です。かつて中国が世界に供給したのは、主として安価な労働力を使った消費財でした。今回は、自動車、電池、機械、クリーンエネルギー、そして一部の先端技術です。中国はもはや「安く作る国」であるだけではありません。いくつかの産業では、安く、速く、そして技術的にも競争力のある国になりました。

その意味で、今回のChina Shock は第一次よりも、先進国の産業構造そのものに深く作用する可能性があります。

2.China Shock 2.0 と DDIR は矛盾するのか

私はこれまで、DDIRという枠組みで長期の市場を考えてきました。

政府債務が大きくなれば、債務を持続可能にするためには、名目成長を確保しながら実質金利を低位に保つことが望ましくなります。その結果、金融政策だけではなく財政政策が市場を左右する、Fiscal Dominance――財政主導の性格が強まっていく。これがDDIRの基本的な考え方です。ところがChina Shock 2.0は、一見すると反対方向の力です。過剰な生産能力から生まれる安価な財は、世界にディスインフレを輸出します。

では、DDIRとChina Shock 2.0は矛盾するのでしょうか。私は、必ずしもそうではないと考えています。物価は一つの数字ですが、その中身は一つではありません。財の価格、サービスの価格、賃金、家賃、エネルギー価格は、それぞれ違う力で動きます。中国からの安価な財がGoods Inflationを抑える一方、賃金やサービス価格が上昇し、政府の財政支出が需要を支えるという組み合わせは十分にあり得ます。むしろ財価格のディスインフレが総合インフレを抑えるなら、中央銀行が金融引き締めを急ぐ必要性は弱まります。

つまりChina Shock 2.0は、DDIRを否定するのではなく、DDIRを長く持続させる条件の一つになる可能性がある。私はいま、その可能性に注目しています。

3.しかし、今回は「安い資金」が来ない

ここで、第一次China Shockとの非常に重要な違いがあります。

2000年代、中国の巨額な貿易黒字は外貨準備として蓄積され、そのかなりの部分が米国債などの安全資産へ還流しました。中国が世界に供給したのは、安い商品だけではありませんでした。間接的には、安い資金も供給していたと見ることができます。それが米国の長期金利を抑え、住宅や金融資産の価格上昇を支える一つの背景にもなりました。

ところが今回は違います。世界の貿易黒字は再び東アジアに集中していますが、それに対応して中央銀行の外貨準備がかつてのように増えているわけではありません。黒字資金の流れは、国有銀行、年金、政府系・民間投資家などへ分散し、米国債へ機械的に還流する構造は弱まっています。

ここに、今回のChina Shockを考えるうえで重要な非対称性があります。

中国は再び世界に安い財を供給する。しかし、今回は安い資金までは供給しないかもしれない。

この違いは、長期金利を考えるうえで小さくありません。

4.政治の対応が、さらに構造を変える

もう一つ、第一次とは決定的に違うものがあります。政治です。

第一次China Shockでは、先進国は概ね安い中国製品を受け入れました。消費者には利益がありました。一方、製造業雇用の喪失は特定地域に集中し、その社会的なコストが後になって認識されることになりました。

今回は違います。影響を受けるのは、自動車、機械、電機、電池、エネルギーなど、各国が戦略産業と考えている分野です。したがって、政治は反応します。関税、補助金、産業政策、防衛的な規制、国内生産支援。名称は違っても、多くは財政支出を伴います。

ここに一つの逆説があります。China Shock 2.0そのものは、財の価格を下げる力です。しかし、それへの政治的対応は、財政赤字を拡大させ、関税を通じて国内価格を押し上げる方向に働きます。中国が生むディスインフレと、それを防ごうとする各国政府が生むインフレが、同時に存在する。これが今後の世界経済を考えるうえで重要な構図になるかもしれません。

5.価格が下がり、金利が上がる

以上を重ねると、少し奇妙な組み合わせが浮かび上がります。

財の価格は下がる。それでも長期金利は上がる。

従来であれば、インフレが低下すれば金利も低下する、と考えるのが自然でした。しかし、長期金利を決めるのはインフレだけではありません。財政赤字、国債発行量、タームプレミアム、国債を誰が保有するのか、そして政府債務の持続可能性に対する市場の評価も重要です。

China Shock 2.0によって財価格が抑えられても、財政赤字が拡大し、国債供給が増え、それを吸収する海外公的マネーが以前ほど存在しないなら、インフレ率が落ち着いているのに、長期金利は高いという世界は十分にあり得ます。それは名目金利上昇の中身が、期待インフレではなく実質金利やタームプレミアムの上昇へ移ることを意味します。

投資家にとって、この違いは重要です。インフレ主導の金利上昇なら、インフレ連動債や一部の実物資産が防御になります。しかし、財政・国債需給・タームプレミアム主導の金利上昇では、同じ手段が必ずしも有効とは限りません。同じ「金利上昇」でも、その原因によってポートフォリオへの処方箋は変わります。

なお、DDIRの下では、実質金利を低位に保つことが政策的には望ましいはずです。しかし、市場がそれを許すかどうかは別の問題です。China Shock 2.0は、この二つの乖離を広げる方向に働くかもしれません。

6.分散効果をどこで取るのか

これは、長期投資家にもう一つの問題を提起します。分散です。

DDIRの下では、株式と債券が同時に下落する局面が増える可能性があります。China Shock 2.0を加えると、さらに複雑になります。

中国の供給過剰によって製造業の利益率が低下する一方、財政懸念によって長期債も下落する。製造業株と長期債が同時に下がる。地域分散も万能ではありません。中国の輸出余剰は、欧州、日本、そして新興国の製造業に同時に影響するからです。

では、どこで分散効果を取るのか。

資産クラスや地域ではなく、「収益の源泉」でポートフォリオを考えることが、これまで以上に重要になると考えます。企業の成長から得る収益。金利の方向から得る収益。価格の歪みから得る収益。ボラティリティから得る収益。流動性を提供することから得る収益。同じ「株式」「債券」という箱の中にも、異なる収益源泉があります。箱ではなく、源泉で見る。地味ですが、不安定なレジームほど、この考え方が
効いてくると思います。

7.5年後に読み返すために

もちろん、この整理が間違っている可能性があります。

中国の国内需要が回復すれば、輸出圧力は弱まるでしょう。各国の産業政策が想定以上に成功し、生産能力の地域分散が進むかもしれません。逆に、中国からのディスインフレが非常に強く、サービス価格や賃金にまで波及し、総合インフレが明確に低下する可能性もあります。その結果、長期金利まで再び大きく低下するなら、DDIRという私たちの仮説自体を見直す必要があります。

当たることよりも、何を見ていたのかを記録しておくことに意味があると思っています。

2026年8月の時点で、私が特に見ているものは4つです。

1   中国の製造業黒字がさらに拡大するのか。
2   財価格とサービス価格の乖離が続くのか。
3  インフレ率が落ち着いても、超長期金利が高止まりするのか。
4  東アジアの貿易黒字が、再び各国の外貨準備として蓄積され、安全資産へ還流し始めるのか。

この4つを静かに観察していきたいと思います。

 

参考・出所

・Brad Setser, Council on Foreign Relations: “The Second China Shock” に関する一連の議論。

・Markus’ Academy(Princeton University, Bendheim Center for Finance), “The Second China Shock — How This Time Is Different with Brad Setser,” Ep.165-1, 2026年。

・GCIアセット・マネジメント「Debt-Driven Inflation Regime(DDIR)の下、長期投資家としての視座」2026年。

本稿は情報提供を目的として作成したものであり、特定の金融商品の勧誘を目的とするものではありません。記載された見解は作成時点のものであり、将来予告なく変更されることがあります。

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